転んだりしたのかと、心配になって振り返ってみると、クラウドは頭を抱えて、しゃがんでいた。
転んで頭でも打ったのかと、慌てて駆け寄る。
「こけたのか?」
横にしゃがんで顔を覗き込んでみると、何故か顔を真っ赤にしている。
クラウドは頭を横にぶんぶんと振って、俺の問いかけを否定した。
「では、どうしたというんだ? 大丈夫なのか?」
クラウドは小さく頭を振ってから、俺の腕に縋り付いてきた。
「…大丈夫じゃない…」
「えっ?」
俺が何かしてしまったのだろうか。
たった二歩歩いただけなのに。
縋り付いてきたクラウドの身体を抱きしめて、背中をさすってやる。
「…ごめん…、勝負とか本当はどうでも良くて…」
「ん?」
「ふと、セフィロスに投げキッスしてもらいたいなぁ、って思ったんだけど…」
ならば、そう言えばよかっただけの話では?
と頭をよぎった言葉を口にはせずに、それで、と続きを促す。
「うん。普通に頼むのも頼みづらくって、勝負するってことを思いついたんだけど……」
クラウドは軽く笑ってから、色々甘かったな、と俯く。
「妙な勝負をふっかけてきた理由がわかったから、それはいい。腕相撲もわざとだろ?」
「ばれてたか。いきなり投げキッス勝負とかおかしいから、ありがちな勝負で俺が勝てそうにないものを選んだ」
「なるほど。そこまでの下準備もして、投げキッス勝負にまで持ち込んだ当人が、二歩目にして動けなくなってるのはどういうことだ? 勝つ気でいたんじゃないのか?」
俺の問いに首を振って、勝ち負けは考えてなかったよ、とクラウドは小さく漏らす。
「ただ、投げキッス見たかっただけだから」
「そうだとして、見る前にクラウドが止めてどうするんだ?」
「いや、だってさ! 考えてもみろよ、セフィロスの投げキッスだぞ! そりゃ、もう、貴重じゃないか! 俺しか見られないし、絶対、かっこいいに決まってるし、考えただけで、動機が…」
ああ、それで大丈夫じゃない、と。しかも、顔まで真っ赤だったということか。
最高に褒められているのはわかるんだが、どう返答すればいいのか。
クラウドはクラウドで俺に胸の辺りに頭をぐりぐりと押しつけてくる。
「ほら、もう、落ち着け。この勝負はチャラにしよう」
「だめ! 勝負だったんだから、俺は不戦敗」
「では、俺の勝ちというだな。勝った方に賞品はあるのか?」
「…そうだなぁ、どうしようか」
クラウドはしばらくうーん、と唸っていたが、ありきたりだけど、と何かを決めたようだった。
「負けた人は勝った人の言うことを聞く!」
「ほお。じゃあ、俺のいうことを聞いてくれるわけだ」
クラウドの顎を指先で持ち上げて、鼻先が当たるほど近づいて意地悪く言う。
うっ、とクラウドは喉を詰まらせたが、わかりました、と頷いた。
「俺が負けたから、言うこと聞きますよ!」
「じゃあ、クラウドが俺に向かって投げキッスな」
「はぁ?」
「何、変な声出してるんだ?」
「いや、だって、ほら…、セフィロスらしくない、というか…、何か、こう、もっとエロい感じのことを言われるのかと…」
「そっちが良ければいくらでも言うが? どうする?」
「投げキッスします!」
即答されて、ちっ、と心の中で舌打ちする。
ただ、違う方法でその気にするのは簡単だから、クラウドの投げキッスを受け止めることにした。
クラウドは指先を自分の唇に押し当てると、俺に向かってウィンクをしてきた。唇に押し当てていた手の先を俺の方に投げ出すような動作をしたかと思うと、その指先が俺の唇に触れた。
「…投げキッスじゃ味気ないか?」
そう言って笑ったクラウドの顔が、先ほど真っ赤にしていた時とはまるで違っていた。
「…当たり前だ、聞くまでもない」
「でしょうね、そう言うと思ってた」
「でも、なかなか見られないクラウドだったからな。ムービーに収め忘れたのが悔やまれる…」
本心からそう思ったから、言葉にしたのに、クラウドはお気に召さなかったようで、俺の頭をはたいてきた。
「そんなもん、残さなくていいっ!」
「いや、あれは永久保存版だったな…」
「うるさい! 俺、先に寝るから!」
何か急に恥ずかしくなったらしい。クラウドはリビングを飛び出すと、音を立てながら階段を上っていった。
「…可愛いすぎるだろ…」
俺は笑いをかみしめながら、ソファーに腰をおろす。
今度、同じ勝負をしたら、俺はきっとクラウドの言うことを聞くことになるのだろう。
<終>